ブラジルに0-3。スコア自体は予想の範囲内だったはずだが、その試合内容から、世間には絶望感すら漂い始めてしまった。早速「それ見たことか。やっぱり日本は弱い。日本はダメな国なんだ」と騒ぎ立てる人々もいる。
正直に言って、悔しい。
客観的に見て、日本とブラジルの間に差があるのは間違いない。そこは謙虚に認めるべきだ。だが、絶対的な差が、絶望的な開きがあるとまで卑屈になる必要はない。この試合の日本には心理的にも肉体的にも準備が足りていなかった。そして幸運が味方することもなく、あっさりと敗れた。だが、「だから、もうダメだ」というのは飛躍でしかない。
これがW杯なら、初戦を落とした段階で絶望する気なのか。それは慎重論ではなくて、単なる臆病論だ。自信を持ち過ぎて過信になってはいけないが、勇気は必要だ。「勝てる」と信じて臨まなくては、どんな戦いにも勝算は生まれてこない。「どうせダメだから。俺たちは弱いから」という心構えは、失敗したときに傷付く度合いを軽減する効用はあるかもしれないが、勝算を高める効果は微塵も生み出さない。
日本はブラジルに敗れた。それも無様な敗北だった。その事実は謙虚に受容しつつ、しかし勇気を持って次の試合に臨むべきだろう。それこそが、成功と勝利に向けた唯一の糧だからだ。
謙虚さと卑屈さは紙一重であるし、慎重と臆病の差も際どいところだ。アルベルト・ザッケローニ監督がしばしば強調してきた「バランス」は、戦術的な意味合いとともに、こうした精神的なニュアンスも加味されたモノだと解釈している。そしてそれは、敗れたあとにこそ問われてくるモノだろう。
次戦の相手、イタリアもサッカー史にその名を刻み込んできた伝統国だ。一時期の低迷を乗り越えて若返ったチームはエネルギッシュで、ブラジルとは別種の強さがある。これほどの素晴らしい相手を向こうに回して「どうせダメだから」という悲観的スタンスで臨むのは、あまりにもったいないというものだ。僕らは選手に、この素晴らしい相手だからこそ「勝ちに行け」と言うべきではないか。そして日本代表は、いまこそ「勇気とバランス」を持って戦いに臨むべきだろう。それでこそ大きな対価も得られる。絶望も、悲観も、まだ早過ぎる。